ゴルフダイジェスト社発行『ゴルフ場セミナー』2024年5月号掲載 インタビュアー 本誌編集長 奥村由紀子
細かな水の管理によってコースの品質向上へ
芝の生育に欠かせない水。近年は猛暑など気象の変化が激しく、より一層水管理の重要性が高まっている。そこで、海外では水の管理についてどのように考えて散水を行っているのか。米国・レインバード社のゴルフ部門の最高責任者、スチュアート・ハックウェル氏に話を聞いた。

30 年ほど前のゴルフ場建設時には、FW の中央1列 にスプリンクラーを配置した

春日井CCは、コース改修にともな
って最新 の散水システムを導入
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奥村由紀子:日本では近年、夏は猛暑が当たり前になり、局地的豪雨など雨の降り方も極端で、コースメンテナンスにおいて水管理の重要性が高まっています。特に昨夏は異常な高温が続き、グリーンだけでなく、フェアウェイ(以下FW)もダメージを受けたゴルフ場が少なくありませんでした。
スチュアート・ハックウェル: 気象の変化で水管理が見直されているのは、日本のゴルフ場に限った話ではありません。たとえばカナダやスコットランドでは、以前は適度に雨が降って雨量も多かったので、FWやラフの水遣りは雨水で対応するのが一般的でした。しかし、気候や気温(高温)、雨の降り方や雨量などが変化し、雨水に頼っていてはコースをよい状態で管理することが困難になってきています。歴史を重ねたゴルフ場では十分なスプリンクラーが配置されていないことも多く、近年は世界各地でFWへのスプリンクラー設置や追加の工事が増えています。
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奥村由紀子:スプリンクラーが十分ではないとは、数が少ないということですか?
スチュアート・ハックウェル:数もありますが、配置の仕方にも問題があります。かつてはFWの中央1列に配置されていることが多くありました。でも、これでは水がかからない面積が大きかったため、FWの両サイドに2列配置するようになりました。しかし、それでも水がかからなかったり、低いところに水が集まってしまうなど撒きムラが生じました。また、欧米の一部では気象の変化に加えて、国によって水の利用に規制があったり、水の使用に多大なコストが必要だったりすることもあって、コースメンテナンスの考え方なども変わってきています。それにともなってスプリンクラーの配置の仕方などの散水デザインが多様化し、併せて設備機器やシステムも進化しています。
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奥村由紀子:コースメンテナンスの考え方の変化とは、具体的にどういうものですか?
スチュアート・ハックウェル:。最近は水を与えすぎないで、ターフのコンパクションを高く保つという考え方が一般化しています。これはグリーンだけの話ではありません。乾燥している個所と水を含んで軟らかくなっている個所が混在しているFWよりも、均一なコンパクションであるほうがよいのは当然です。それによって、ターフも健全な状態になるし、そういったFWはフェアだし、ボールも転がるのでお客様にも喜ばれます。また、米国南西部では水の使用にコストがかかるため、違う意味で、最少水量で正確に水を管理することが求められています。そのため、米国のスーパーインテンダントは、芝種の違いなども考慮しつつ、散水エリアと量を見極めて細かく水を管理しています。したがって、良好なプレーコンディションを作るために、そうした綿密な水管理をサポートすることが、当社の重要な使命と考えています。
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過不足なく散水できるバルブインヘッド
奥村由紀子:散水デザインや散水機器はどのように進化したのですか?
スチュアート・ハックウェル:革命の1つは、「バルブインヘッド」スプリンクラーでしょう。すでに一般化していますが、スプリンクラー1つひとつに電磁弁が付いていて、そのオンオフによって自由に散水量をコントロールできるものです。1989年頃に登場したのですが、近年新しい機能を追加
しています。バルブインヘッド以前は、電磁弁を開くと同じブロックのスプリンクラー4〜5個が立ち上がって散水する「ブロックシステム」が主流でした。バルブインヘッドよりも導入コストを抑えられ、現在も選択肢の1つではありますが、複数のスプリンクラーが同じ時間に同じ量の水を撒くので、撒きたいところに必要な量を撒くといった細かな水管理は難しくなります。それに対して、バルブインヘッドだと、高いところには水を多めに、低いところは少なくしたり、稼働時間も個別に設定可能で、可動範囲を45度にも360度にも設定できます。グリーンとアプローチでは芝の種類も土壌も異
なるので、それによって必要な水の量も変わってきます。バルブインヘッドならそれにアジャストし、水を過不足なく撒くことができるのです。
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奥村由紀子:スプリンクラーの配置はどのように?
スチュアート・ハックウェル:スプリンクラーの近くは水量が多く撒かれ、遠いと少ないので、散水エリアが多少重なり合うようにすることで水の分布を補います。FWは面積が広いので、ムラなく散水するにはスプリンクラーを半径20〜25mの三角形に設置するのが基本です。バンカーがあるなどアンジュレーションがあるエリアでは、その三角形を少し崩して本当に必要なエリアに絞る散水設計にします。
奥村由紀子: グリーンも同じ考えですか?
スチュアート・ハックウェル: グリーンは独特の形状になっているので、グリーン内側
に撒くスプリンラー4つと外側(ラフとアプローチ)に撒くスプリンクラー4つを隣同士に配置するのが基本です。グリーンの高い所と低い所、バンカーの位置、芝の種類、プレーヤーの動線で芝が傷みやすい個所などの状況を鑑みて、散水設計者はスプリンクラーの位置を決めます。重視しているのがアプローチエリアで、ターフが軟らかくなってボールが止まってしまわないように、コース設計者の意図したとおりに手前から転がしてボールがグリーンに乗るように散水量を設計します。
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奥村由紀子: スプリンクラーの位置や1つひとつの散水量は散水設計者が決めるのでしょうか?
スチュアート・ハックウェル: はい。国に関わらず導入の際には、乾きやすい個所や過
湿になりやすい個所、散水不要個所、土壌、芝の種類、風向き、芝が傷みやすい個所などを確認しながら設計し、その後は使用状況やコースの状態を見ながらスーパーインテンダントに散水量を調整してもらいます。
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奥村由紀子: 天候によって必要な散水量は変わると思います。スプリンクラー1つひとつ調整するのは大変では?
スチュアート・ハックウェル: 散水システムはコンピュータソフトウェアで制御しており、「○㎜の雨が降ったら○%少ない水量で撒く」というようにプログラムされているので、毎回調整するのは簡単です。また、他社も含めて最新の散水システムはウェザーステーションやレインカン(雨量計)に繋いで取得したデータを活用することができ、たとえば夜に6㎜水を撒く予定のときに雨が3㎜降ると、何もしなくても自動的に残りの3㎜水を撒くようになっています。
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奥村由紀子: 必要な量だけ水を撒くための親切な機能ですね。
スチュアート・ハックウェル: タブレットやスマートフォンを使って1つひとつのスプ
リンクラーを操作できるので、暑い日にはプレーの合間を見てシリンジングをしたり、肥料や薬剤を撒いたときに水を撒いたりできるし、世界中、どこにいても操作できます。過湿や乾燥は病気の原因になるので、芝に必要な水を細かく管理する散水システムは、コースコンディション向上のためにはパワフルなツールになると思います。
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奥村由紀子: なるほど。水管理に要する労力もかなり軽減できそうですね。最新の散水システムなら、グリーンの水が足りない所に手撒き散水することもなくなるのでしょうか?
スチュアート・ハックウェル: グリーンの形状によってスプリンクラーだけでは効果的にカバーできず、どうしてもドライになりやすい個所が出てくることはあります。その場合に手撒き散水は必要です。そこで、効率よく水を撒けるように、グリーンの横にクイックカプラーを設置しています。グリーンの形状によってスプリンクラーだけでは効果的にカバーできず、どうしてもドライになりやすい個所が出てくることはありす。その場合に手撒き散水は必要です。そこで、効率よく水を撒けるように、グリーンの横にクイックカプラーを設置しています。
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時代に合わせて設備を見直すことが重要
奥村由紀子: 配管(パイプ)など既存の散水設備を活用して、散水システムをリニューアルすることはできますか?
スチュアート・ハックウェル: 一般的には可能ですが、散水システムを考える際に、重視しなけれならないことが2つあります。1つは、既存のスプリンクラーや配管が必要な場所にきちんとレイアウトされているかどうか。もう1つは、そこに水を送るパイプのサイズがどうかです。それによってできることが限られます。
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奥村由紀子: 既存の散水設備の活用は、あまりお勧めしないと?
スチュアート・ハックウェル: 種類や設備の品質にもよりますが、パイプやケーブルは30年以上の使用を想定していません。現在、地中の漏水や漏電を修理しながら使用しているゴルフ場は少なくないのでは? パイプは時代によって種類も使い方も変わっているので、数十年前に設置したものを向こう20年、30年使用することはお勧めしません。また、スプリンクラーを追加で増やすとしても、既存の散水システムの老朽化は解消されません。5年、10年は修理しながら使えるかもしれませんが、その後は苦労することが見てとれます。スプリンクラーを追加するだけならば少ない投資で済みますが、長期的には有効な投資とは言えないかもしれません。
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奥村由紀子: 将来を見据え、水管理について検討する余地がありそうですね。
スチュアート・ハックウェル: かなりの投資は必要になりますが、気象が激しく変化す
るなか、時代に合わせて設備を整備することは必要だと思います。干ばつで水が足りないと、FWには撒かないという判断をしがちですが、散水設備を更新すれば水を無駄なく最低限の使い方ができますし、何より、夏季には散水に追われるコース管理者の負担を軽減できます。なお、現在行われている春日井カントリー倶楽部(愛知県・36H)のコース改修に際し、当社が推奨する散水設計が採用されました。細かな水管理によってコースコンディションが向上すれば、日本のゴルフ場業界にとってもよい事例になるのではないかと考えています。